大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(う)1717号 判決

本籍

京都市山科区竹鼻西ノ口町一二番地

住居

同市中京区油小路通御池下る式阿弥町一三七番地の三

御池ロイヤルマンション八階長田悦子方

不動産取引業

高坂貞夫

昭和五年一二月一八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年一一月一一日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官杉原弘泰出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人刀根国郎、同阿部正博、同小林明隆、同佐渡春樹連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官杉原弘泰名義の答弁書に、各記載のとおりであるから、これらを引用する。

所論は、1 被告人が株式会社太平洋クラブ(以下「太平洋クラブ」という。)から受領した仲介手数料金二億円は、被告人の方から要求したものではなく、またこれを裏金として支払うよう要望したことも、仮装させた事実もないのに、原判決は量刑の事情において、「被告人の方から裏金で支払ってくれるよう要求し、」かつ被告人は「同社をして前記売買の仲介手数料を新日興開発株式会社に支払つたように仮装させていわゆる裏金として受領した」と誤つた事実認定のもとに、被告人の犯情の悪質性を導き出していること、2 原審は被告人の納税資金捻出のための保釈請求書を許可しないまま判決を言い渡したことの二点において、原判決の量刑は不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討するに、対馬邦雄(謄本)、伊坂重昭、大野伸幸(謄本)の検察官に対する各供述調書によれば、平和相互銀行・太平洋クラブ側の仲介人である対馬邦雄と株式会社広洋(代表取締役岸廣文、以下「広洋」という。)側の仲介人である被告人との間で、太平洋クラブ所有の本件山林(いわゆる屏風物件)の売買取引を成立させるべく折衝を続けた結果、昭和五七年一〇月初旬ころには広洋が平和相互銀行から融資を受けて本件土地を買い受ける方向でほぼ話がまとまりつつあつたところ、同月中旬ころ、被告人は対馬に対し、「こういう仕事では裏が常識じやないですか。」などといつて、仲介手数料として裏金で二億四〇〇〇万円を支払つてもらいたい旨要求したこと、対馬は平和相互銀行の監査役伊坂重昭にその旨伝えたところ、同人から裏金で二億四〇〇〇万円は高すぎるのではないかといわれ、被告人を紹介してくれた豊田一夫を介して被告人に対し、裏金として出すのだからまけて欲しい旨の申し入れをし、結局二億円の裏金とすることで合意が成立したこと、平和相互銀行・太平洋クラブ側では二億円の裏金を捻出するために、右伊坂の知り合いである大野伸幸が社長をしている新日興開発株式会社(以下「新日興開発」という。)を名目上の仲介者として同社に対し仲介手数料として三億六〇〇〇万円を支払つたことに仮装するため、これに関する新日興開発を仲介者とした売買契約書を改めて作成したうえ、同金額を同社名義の当座預金口座に振込み、そのうち二億円を裏金として現金で返戻させ、同年一二月四日ころこれを仲介手数料として被告人に支払つたことが認められる。弁護人は、(一)宮崎一雄が検察官に対する供述調書中で、被告人の話によると、被告人は伊坂弁護士から東京都内のどこかのレストランの個室のような所で金を受取り、その際同人から「この金は裏金だからそのつもりで永久に表にはださないで欲しい」と言われたということでした。と述べていること、(二)被告人が検察官に対する昭和六一年七月二四日付及び同年八月五日付各供述調書で、昭和五七年一一月下旬ころ、対馬から、「お礼の金は二億円に決まりましたから東京に取りに来て下さい、現金でお渡しします。」と電話があつて、指定日に二億円をとりに行つた、対馬から「裏金だから領収書はいりません。」といわれたので領収書は出さなかつた、と述べていること、原審公判廷でも同様の供述をしていることなどをもつて、被告人から仲介手数料二億円を裏金として支払うよう要望したことはないことの証左であると主張する。しかしながら、右宮崎の供述部分は伝聞にすぎないうえ、右両名の供述部分は、手数料支払に関する合意成立後の手数料受け渡しの日時・場所を連絡した昭和五七年一一月下旬ころと、手数料授受のあつた同年一二月ころの際の出来事を供述しているにすぎず、弁護人の主張の是非を判断するうえで重要なのは、それ以前の本件手数料問題の発端・いきさつ・折衝・合意に至るまでの過程・合意内容を実行するためにとつた措置等についてであるところ、これらについては前記認定のとおりであり、弁護人の指摘する右宮崎及び被告人の各供述部分の存在は右認定を左右するに足るものではない。そしてまた、不動産取引につき仲介を依頼した場合に、仲介手数料を支払うことは当然予定されていることであり、売主・買主にとつてはこれを裏金として支払う必要も利益もなく、裏金として授受することに利益を有するのは仲介人であること、ことに主として裏の取引や紛争解決の折衝にあたるなどいわゆる裏舞台で活躍して収入を得、しかもそれら収入について一切明らかにしないまま税務申告もしてこなかつた被告人に、仲介手数料を裏金として受領する利益と必要性があつたとみられる。以上を総合すると、被告人が太平洋クラブから受領した二億円について、被告人の方から裏金で支払つてくれるよう要求し、同社をして売買仲介手数料を新日興開発に支払つたように仮装させていわゆる裏金として受領した、と認定した原判決は正当であつて、所論の誤りはない。

つぎに、被告人が保釈を許可されなかつたのは、その時点で保釈を相当とする事由がなかつたことによるものであつて、原判決の言い渡しまで被告人の保釈が許可されなかつたために、結果的に被告人が納税資金を捻出することができないまま判決が言い渡されたとしても、そのことをもつて原判決の量刑が不当であるとすることはできない。

そこで、さらに本件の量刑について検討するに、本件は、不動産取引業などを営む被告人が、太平洋クラブにおいてその所有する本件山林を広洋に売却するにあたり、当該売買取引を仲介し、両者から合計六億円の仲介手数料を受領したが、これにより昭和五七年度分の自己の所得税に関し、分離課税による土地の譲渡等に係る事業所得金額が五億九八八九万円余であつたにもかかわらず、右手数料のうち太平洋クラブから受領した二億円については前記のように同社をして新日興開発に支払つたように仮装させていわゆる裏金として受領し、広洋から受領した四億円については仮名預金口座に入金するなどして所得を秘匿して法定期限までに所得税確定申告書を提出せず、所得税四億七八一八万五一〇〇円をほ脱した事案であるところ、ほ脱額が巨額であること、いわゆる無申告脱税犯であること、前記のとおり太平洋クラブから受領した二億円は被告人の方から裏金で支払つてくれるよう要求し、広洋から受領した四億円はいわゆる同和団体の関係者であるかのように装つた口座に振込みを受けるなど犯情悪質である。被告人は、昭和三〇年ころ篠原会の組員となつたのをはじめ、現在は会津小鉄会常任理事並びに同会高坂組組長の地位にある者であるが、永年不動産取引の仲介や、もめごとの紛争解決などにより仲介手数料や謝礼などを得るなどして多額の所得がありながら、全く確定申告をしないで脱税を繰り返して来たものであり、本件で起訴されている分離課税による土地の譲渡等に係る事業所得以外の昭和五七年度分の所得についても秘匿したままであること、被告人には昭和三九年四月傷害罪等により懲役四月(執行猶予三年)に、昭和四一年六月恐喝罪により懲役八月に、昭和五一年四月談合罪等により懲役一年(執行猶予三年)及び罰金二〇万円にそれぞれ処せられた前科があるほか、罰金前科五犯があることなどを総合すると、被告人の刑事責任には重いものがあるといわざるを得ない。

そうすると、本件起訴分については、その所得の存在を素直に認め、原判決言渡本税分として三千万円を納付し、その余についての納税資金の捻出に努力中であることなど被告人のため斟酌すべき情状を考慮しても、被告人を懲役二年四月及び罰金一億二〇〇〇万円(ほ脱額に対する罰金額の割合は約二五パーセント)に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 朝岡智幸 裁判官 小田健司)

○控訴趣意書

被告人 高坂貞夫

右の者に対する所得税法違反被告事件についての控訴の趣意は左記の通りである。

昭和六二年一月二九日

右弁護人 利根国郎

同 阿部正博

同 小林明隆

同 佐渡春樹

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一点 原判決には明らかに判決に影響を及ぼす刑の量定に関する事実の誤認が存するので、その破棄を求める。

一、原判決は量刑の事情において、被告人が太平洋クラブから受領した不動産仲介手数料金二億円について、「被告人の方から裏金で支払ってくれるように要求し、」かつ被告人は「同社をして前記売買の仲介手数料を新日興開発株式会社に支払ったように仮装させていわゆる裏金として受領した」と認定する。

右認定事実に基いて原判決は被告人の判情の悪質性を導き出している。

二、しかしながら、原審記録を精査すれば、右仲介手数料金二億円の支払いを被告人から要求した事実は勿論、それを裏金として支払うように要望したことも、仮装させた事実も否定されるべきである。

即ち、原審において取調べられた証拠中、宮崎一雄の検察官に対する供述調書中には、「伊坂弁護士からは東京都内のどこかのレストランの個室のような所で金を受取り、その際伊坂弁護士から『この金は裏金だからそのつもりで永久に表にはださないで欲しい』と言われたということでした」との記載がある。また被告人自身も、自分の方から手数料二億円を要求した訳ではないのに太平洋クラブないし平和相互銀行側から、「お礼の金は二億円に決まりましたから東京に取りに来て下さい現金でお渡しします」、「裏金だから領収書はいりません」という趣旨の説明があったので、その趣旨でこれを受領し、そのため「領収書を書いておりません」等と述べている(被告人の検察官に対する昭和六一年七月二四日付及び八月五日付供述調書等)。そしてこの供述は公判を通じても一貫している。

それ故にこそ被告人は、税務上の措置については太平洋クラブないし平和相互銀行側で工作するものと考え、自ら隠ぺい工作をすることもなく京都中央信用金庫西御池支店に自分名義の預金口座を開設し預金したものである。原判決が指摘する、太平洋クラブから新日興開発株式会社に支払った如く仮装したとの行為は、被告人の指示によるものではなく、太平洋クラブないし平和相互銀行側によって自発的に行われたものであることがその記載中被告人から二億余円の手数料を要求した旨の記載を除けば対馬邦雄の検面調書から窺うことができる。

また、大野伸幸の検面調書から判断するならば、二億円をいわゆる裏金としたのは右大野と伊坂弁護士との従前の金銭関係につらなる事情に基づくものであったことが明らかである。

三、以上のことから、原審は刑の量定に関する重要な事実を誤認したことが明らかであり、右誤認に基づき、重刑が言渡されたものである故に、原判決破棄されるべきである。

第二点 原判決の量刑は不当である。

一、原判決は被告人を懲役二年四月及び罰金一億二、〇〇〇万円に処する旨の刑を言渡した。

二、まず、右量刑の基礎となった事情中、事実誤認の部分があることは前記第一点で述べたとおりである。

三、原判決は量刑の事情において被告人が納税資金の捻出に努力中であることは認めている。

公判廷において当初から犯行を認めていた被告人はほ脱した税金の納付を決意し、その資金捻出の為種々の方策を考えたのであるが、日頃からワンマン経営をして来た被告人としては資金捻出にはどうしても自分自身で交渉に当たらなければならず拘束の身では困難であり再三、再四保釈を求めたのである。

その経緯は原審における保釈申請書の疎明資料、証人村山明の尋問調書、及び被告人本人の尋問調書に明らかな通りである。

税法違反事件において被告人の為の防禦権(情状)の一つの大きな柱が納税であることは言をまたない処であり、その為の保釈が認められていることも通常である。

しかるに原審は保釈を許可しないまま判決を言渡した。

被告人は結局納税資金を捻出できないまま原判決を言渡されたものである。

納税資金捻出に「努力中」であることと、資金を捻出し、「納税」済とはその情状において著しい差異があると思料する。よって保釈を許さないまま言渡された原判決はその量刑が不当なものと考える。

第三点 原判決言渡後の事情について述べる。

右原判決言渡そして被告人の控訴提起後漸く保釈を許可された被告人は、直ちに納税資金の捻出に奔走した。

その結果、被告人は伏見桃山ゴルフ場の売買契約を仲介し、その取得する仲介手数料及び貸金の返済金をもって税金四億七八一八万五一〇〇円を近日中に中京税務署に納付する見込みとなった。

控訴審においては、右事情も併せて立証する考えである。

以上の理由により原判決の刑は主来重きに過ぎ不当であるので控訴を提起した次第である。

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